TOP2007年08月

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アトピー研究の動機

 昭和59年に医師免許を取得した私は東京大学医学部付属病院で研修を始めました。当時の自分は二つの道のどちらを選ぶかで迷っていました。一つは臨床家として困っている人を助ける道、もう一つは研究者として世界一流の発見をする道でした。小児科学教室に入局後すぐに休暇をもらって単身タイの山村でのボランティアに出かけました。当時タイではエイズの流行が始まったばかりで病気の知識も治療技術も医療器材も医薬品も全てが不足していました。病気が流行すると病院には患者用のベッドも不足し、廊下に釘を打ち付けて点滴を受けさせる状況でした。数週間のボランティア勤務で実感したことは自分の力不足、小さな二本の手で助けることの出来る人の数は一生かかっても数百人に満たないだろうと謂う悲観的な現実の実感でした。東大病院に戻り多くの優秀な先輩に学ぶ中で自分は研究者として生きようと決意しました。良い研究をすれば何万人いや何百万人の人々を幸せに出来るはずだ・・これが自分に研究者への道を指し示した最初の思いでした。静岡県の病院に赴任して小児科臨床医として働くようになった私は当時決定的な治療法を模索していたアトピーの撲滅の為の研究をライフワークに選びました。
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カテゴリ:アトピー
新生児室で学ぶ

病院勤務時代にアレルギーと共に私の心を捉えたのは新生児医療でした。当時は肺サーファクタント療法が普及し始めた時期で1000g未満の未熟児の呼吸管理が飛躍的に進歩していました。私達も精密な全身管理で如何に極小未熟児を健常児に育てるかの技術を競い合っていました。当時助けた小さな命が20年以上経って立派な大人になり社会で活躍している姿を見るのは小児科医として嬉しい限りです。
未熟児は免疫抵抗力が弱いので徹底した衛生管理が必要です。病院では未熟児に限らず無菌=清潔で健やかな生育と考える面が強くあります。アレルギーという病気は百年前には地球上に極僅かしか有りませんでした。私が当時興味を持っていたテーマはどうしてアレルギーが百年間で急に増えたのか?という病気の増減を研究する疫学です。その中で病院で出産される子どもの多い地域でアレルギーが早くから増加した点に注目しました。病院出産の何処にアレルギー増加の秘密が隠れているのか?私は極度な清潔管理に有るのではないかと仮説を立てました。
しかし新生児を不衛生に扱うなどと医学の常識に反する考え方は病院内では絶対に許されません。私は自分の夢と研究を続けるために独立開業する道を選びました。

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家族を実験台に

 開業後の数年間はアトピーの根本的治療法を発見するために民間療法と言われる物を含めて殆どの治療方法を自分自身で試しました。当時は静岡県ばかりではなく他府県からも高い治癒率を求めて当院を訪れる患者さんが多く、ステロイドを拒否するなど独自の治療観をお持ちの患者さんからも沢山の事を勉強できました。患者さんの交流会や勉強会も積極的に開催して情報交換も盛んでした。私の家族にもアトピーの者が居たので最初のテストは殆ど自分の家族で安全性と有効性を確かめました。家族で安全性が確かめられない治療法は患者さんには奨めませんでした。家族に出来ない治療は他者に奨めない事を一つの倫理観としてアトピーの治療法を探し続けたのです。私の4人の子供達は生まれた直後から実験台となり乳児期から腸内細菌を接種する方法を研究しました。家族が父親の医学実験に貢献し、お陰で今日のアトピーの予防+治療法が進歩したのです。患者さんに対しても十分な安全性と効果が期待できる治療を最優先して使い続けました。治療を目的にクリニックを訪れた患者さん達を研究目的で実験材料にしないことが自分の倫理観でした。

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